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2011.03.16 11:04|未分類
このたびの大規模地震により被害を受けられました皆様に心よりお見舞い申し上げます。皆様の安全と、一日も早い復旧をお祈り申し上げます。

今、我々にできることは、各種募金等への参加、それと毎日の計画停電、当面の燃料不足等にじっと耐えながら被災者のことを思っていくことが大切だと思います。

                                     社会保険労務士  柳原 謙一



柳原社会保険労務士事務所
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2011.03.06 17:22|日常
小田原城

今日は、県内唯一の城下町小田原市を訪れました。

小田原城が初めて築かれたのは、相模国西部の豪族大森氏が小田原地方に進出した15世紀中ごろのことと考えられています。1500年ごろに伊勢新九朗こと戦国大名北条早雲氏の居城となってから、関東支配の中心拠点として次第に拡張整備され、豊臣秀吉の来攻に備えて城下を囲む総構を完成させると城の規模は最大に達し、日本最大の中世城郭に発展しました。

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現在県内伊勢原市の山中に小田原と八王子を結ぶ軍用道路としての街道沿いの峠に茶屋跡が残されています。ここで北関東の上杉氏の侵攻を迎え撃ったものと考えられます。
北条早雲は駿河国から箱根を越えて相模に攻め入り大森氏、三浦氏を滅ぼした豪族ですが、その統治力は卓越しており善政を行ったためか相模国でも彼を侵略者だという人はあまりいないようです。

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これは、市内の数箇所でみられる空堀の跡です。堀というと湖水を湛えた美しい堀を想像しますが、この当時はよじ登ってくる敵を堀の上から槍でつつくなどして、敵の攻撃を鈍らせるための戦略上の穴(上り坂)であり、後世の籠城用の水堀とは少し違います。

江戸時代を迎えると小田原城は徳川家康の支配するところとなり、その家臣大久保氏を城主として迎え、城の規模は三の丸以内に縮小されました。稲葉氏が城主となってから大規模な改修工事が始められ、近世城郭として生まれ変わりました。その後、大久保氏が再び城主となり、箱根を控えた関東地方防御の要衝として、また幕藩体制を支える譜代大名の居城として、幕末まで重要な役割を担ってきました。

いわば幕府の直轄地であったためか相模国はあまり地元の殿様(信玄や謙信のような)が存在しませんが、そういう意味ではやはり北条早雲公を殿様と慕う声も多いようです。(5月には北条祭りもあります)

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その後、小田原城は明治3年に廃城となり、ほとんどの建物は解体され、残っていた石垣も大正12年(1923)の関東大震災によりことごとく崩れ落ちてしまいました。現在でも震災により崩れた石垣の残骸を見ることもできます。

現在の小田原城跡は、本丸・二の丸の大部分と総構の一部が、国の史跡に指定されています。また、本丸を中心に「城址公園」として整備され、昭和35年(1960)に天守閣が復興、次いで昭和46年(1971)には常盤木門、平成9年(1997)には銅門、平成21年(2009)には馬出門が復元されました。昭和35年の天守閣復興の前には現在の天守閣の場所がなんと子供遊園地になっていた時期もありましたが現在では「日本の歴史公園100選」にも選ばれています。

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城址公園裏には報徳神社があり、我々がよく知る子供時代の二宮尊徳ではなく大人の尊徳氏の像があります。

通称は二宮金次郎。公人としては尊徳を使用、尊徳は一般には「そんとく」と読んでいるが、正式の読みは「たかのり」、相模国足柄上郡栢山かやま村生れ。

少年期に父母を失い、災害で没落した家を独力で再興した。この体験をもとに天地人三才の徳に報いることを説く報徳思想を形成、また、家・村を復興して興国安民を実現する仕法を体系化した。

文政5年(1822)に小田原藩に登用され、天保13年(1842)には普請役格の幕臣となる。関東とその周辺の諸藩領・旗本領・幕領・日光神領の復興や個別の家・村の再建を依頼されて指導した。

昔の小学校には必ず尊徳の像があったものですが、現在ではどうなのでしょうか?今日は旧小田原県・足柄県の県庁所在地小田原市を散策してみました。



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柳原謙一

Author:柳原謙一
柳原社会保険労務士事務所 代表
賃金・人事コンサルタンツ 
所在地 横浜市西区中央1-37-17

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