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2011.12.29 10:48|未分類
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今回は、最近撮影した夜景のショットを紹介する。最近のデジタルカメラは大変進歩しているものだ。銀塩の頃は夜景といえば三脚は必需品であり、それもシャッタースピードはB(バルブ)モードにしてシャッターボタンを押し続けなければならなかった。それが現在では普通に撮れてしまう。ちなみに、江戸末期~明治初期の頃は昼間でも数十秒の露出時間を必要とするので、当時の人物スナップを見るとほとんどが静止しているポーズだ。

現在お気に入りのリコーCX4の夜景撮影はどんなものかいろいろ試してみた。あくまでコンデジなので一眼との比較はできないが、イルミネーション撮影はクリアーが良いとは限らない、微妙なボケ味もいい雰囲気を出す場合もあるので面白い。

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これは、夜景マルチショット(リコーの案内では、高感度で撮影した複数の画像を自動で高精度合成して記録することで、夜景撮影時に発生しがちな手ブレやノイズを低減しますとなっている)で撮影したものだが、ちょっと観覧車が暗いがなにもデジタル処理をしない絵と比べて味がある?

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海上からのスナップだが、今年はクリスマス寒波とあって大変寒かった。だが、この季節は空気が非常に澄みきっておりこの幻想的なイルミネーションはとても見応えがあった。しかし大変の人出は覚悟しなくてはいけない。

赤レンガ倉庫前のツリーも恐ろしいほどの人出で全く寒さを感じないほであった。

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ここでは紹介できないが、新しくなったマリンタワーのライトアップも綺麗だった。今回は山下公園からシーバスに乗ってイルミネーション夜景を楽しんだ。

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この初冬に関東総鎮護大山阿夫利神社に紅葉のライトアップを見学にいった。大山阿夫利神社は第10代崇神天皇の頃(紀元前97年頃)の創建と伝えられ、山頂に本社、標高700メートルの中腹に下社がある。「大山祗大神(おおやまつみのおおかみ)」「大雷神(おおいかずちのかみ)」「高おかみ神(たかおかみのかみ)」を主祭神とし、大山山頂に立つ本社に祀られている。

源頼朝をはじめ、多くの武将に厚い崇敬を受け、江戸時代には庶民の信仰を集め大山詣でが盛んになった。特に江戸時代に入ってからは庶民のリゾート地として大変な賑わいぶりであった。それというのも簡単には江戸を出ることも出来なかったその時代、大山詣でと言えば江戸を離れることが出来たのである。現在の国道246、県道戸塚~伊勢原線、県道藤沢~伊勢原線が大山詣での路である。

下の絵は、山頂の本社ではなく途中にある下社である。昼間訪れたことは幾度かあるが夜訪れたのは初めてである、麓の相模平野の夜景が目の前に広がりなかなか見応えがあった。

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下社にはケーブルカーで行くことができるが、途中の大山寺で途中下車をすることも出来る。(オート撮影モード)

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ライトアップされた紅葉

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今回は夜景のスナップをアップロードした。CX4では三脚を使用しない場合でもオート撮影モードで失敗のない夜景がとれることが分かった。夜景マルチショット、夜景ポートレートなど特殊なデジタル処理を施すモードもあるが、やはりそれらは三脚を使用しないとシャッター速度が遅いのでどうしてもぼけてしまう(逆にいい味を出す場合もある)しかし通常のオート撮影モードの精度が高いことも分かった。こうしたいろいろなモードを楽しむのもコンデジならではの楽しみなので今度は是非三脚を使用してみたい。CXユーザーの参考にしてほしい。
2011.09.16 14:03|未分類
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これは、パソコンの心臓部CPUプロセッサーだ、CPUクーラー(ヒートシンク+ファン)を取り外した状態。パソコンのトラブルで一番多いのはドライヴ系の不良だ、しかし故障ではないが長年使用していると必ずファンの音は大きくなってくる。これはCPU熱を放熱させるヒートシンクに埃がたまり、放熱効率下がるためファンが頑張って異常回転してしまうからだ。

自分は決してマニアではないが自分で修理できるものは自分で修理をした方が良い。今回はCPUの取り外し方と交換の仕方を説明する。


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まず、取り外すのが問題だ、CPUクーラーはCPUに接触していなければならないのでかなりの圧力でCPUに被いカブさっている。このレバーにより跳ね上がるのを防いでいるのだ(後でわかった)

このレバーは押していいのかそれとも引くのか、初心者には全く分からない。結論から言うとCPUクーラーを押しつけながら上にレバーを引くのだ。初めて取り外したとき、壊れるのを覚悟して力づくで引いてみたがその時はバキーと音がしてソケットが壊れ、そのパソコンは使用不能になってしまった。

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しかし、心配は無用だ。CPUクーラーを支えるソケットが売っているのだ。純正品を壊してしまった方へと書いてあった。つまり壊す人が非常に多いのだ。(価格540円)

このソケット(リテンション)の形状はCPUにより企画統一されており、例えばペンティアム4ならば478という企画品になる。後で説明するがCPUクーラー本体を交換するときは478ソケット(リテンション)対応品を選べばよい。

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配線は3本線をはずすだけだ、簡単だ。

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取り外したCPUクラー。これは約半年前に綺麗に掃除をして取り付けておいたものだが、かなり汚れているのがわかる。しかし5年間掃除なしで使用していた時はヒートシンクが全く見えないし、外から見ても埃が壁のように張り付いていた。

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ヒートシンクとCPUの間にグリスを塗る、より冷却効率を高めるためで必ず塗らなければならない。1年もすれば乾いてしまうのでできれば定期的に塗りなおしたい。押さえつけるときに広がるので、米粒大垂らしておけばよい。

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グリスの価格は300円から800円くらいだ。安いもんだ。

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この機種は、埃の掃除をしても改善が見られなかったのでクーラー本体をファンごと交換することにした。CPUはペンティアム4HTなので478ソケット対応品を店頭で探していたところほぼ同型(ヒートシンクの上にファンがむき出しでついている、ファンの幅、全体の高さが同じ)のものが見つかった。(写真はすでに交換後 左下 1980円)

パソコン修理の相場は、CPUクラー、ファンの修理が15,000円~となっているが、今回3台メンテナンスしたがそれほど費用は掛からなかった。HD、ドライブ交換、クーラー交換ができるようになればかなり楽だ。

経年劣化とともに、パソコンボディが熱を帯びてくることもあるが、これはCPU冷却不足もあるが、電源トランスの問題もある。ちなみに電源トランスの放熱とCPUクーラーファンの回転はほぼ関係ない。電源トランスは一番下にあるので(電源ジャックに近い)手で触ってみてヒートシンクが熱くなるようだったら、これもまず埃に注意して定期的に掃除してみるべきだ。
2011.08.27 14:21|未分類
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お盆休暇の真っ最中8月中旬に神奈川県の中部にある座間市ひまわり祭りを訪れた。会場はJR相模線相武台下駅から徒歩25分くらいの相模川沿いの田園地帯で行われている。当日は熱中症警報が発令されており相武台下駅を下車してから会場までの間には日影が全く無くかなり辛かった。こうしたイベントをこの季節に行うのであれば臨時バス等運行して欲しかった。

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ひまわり畑に入ってしまうと迷路になっているが、こうして上から眺める櫓もある。とにかく暑い!

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会場には、休憩所もあるが小さすぎて多くの人は入れない、この時季は日影がないとちょっと耐えられないので来年は改善してもらいたい。

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今回この会場に来るにあたって相模線を利用した。相模線は、神奈川県茅ヶ崎市の茅ヶ崎駅と相模原市緑区の橋本駅を結ぶ東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線である。神奈川県を縦断する路線で、相模原市、海老名市など地元沿線地域では「ガミ線」と呼ばれて親しまれている。
もともと、相模川の砂利輸送を目的として建設された路線である。1921年(大正10年)に相模鉄道による私鉄線として開業後、太平洋戦争を経て国有鉄道化された。相模線を国有化した理由は、戦時体制のもと、都心が攻撃された場合にそなえ八高・横浜・相模線の迂回ルートを確保するためであったとされる。、ちなみに八高線とは、東京都八王子市の八王子駅から群馬県高崎市の倉賀野駅までを結ぶ東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線(地方交通線)である。

上の相武台下駅は相模線の駅の中では駅員もおりトイレも完備されている。みょうに周りの風景とこの駅舎がマッチしていた。

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帰りに乗車した入谷駅は完全無人駅で緊急の際には駅員が隣の海老名駅から駆けつけるそうだ。
相模線は1988年に完全電化された。それ以前はツートンカラーのディーゼル車両でたしか入り口付近のど真ん中につかまるパイプがあった。エンジン音と警笛を鳴らして走る姿が懐かしい。八高線が電化されたのは専門的にはよくわからないが1990年代(現在でも高麗川駅 - 高崎駅間に非電化区間一部あり)に入ってからだから神奈川県の方が東京都よりオール電化は早かったわけだ。

相模線といえば、手動式ドアで有名だ。電車がホームに入ってきても勝手にドアーは開かない。もちろん降りるときも一緒だ自分でボタンを押して開けない限りドアーは閉まったままである。たまにそうとは知らないでボーとドアが開くのを待っている人を見かけるが、周りの人(地元の人)はこの田舎者めが!という視線で見ているらしい、いったいどっちが田舎者かわからない。また、外で開ボタンを押している人に対して、内側で閉ボタンをおして開かなくする意地悪遊びもあるようだ。また、降りて行った後、ドアーが開いたままになっている場合ドア付近の人が閉めるのが礼儀となっている。


2両編成で行き違い無しの単線路線を一日延々と往復するこどもの国線または、小田原~大雄山駅の大雄山線という私鉄線も手ごわいが、手動式ドアーがゆえに相模線は県下では最強ローカル線だ。手動式の理由は、単線のために停車待ち時間が長くなるため、冬季は寒くてしょうがないからである。首都圏にあっては八高線と肩を並べる真のローカル線であると思う。是非この手動式ドアを残してほしい。

2011.07.16 10:06|未分類
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今日は、最近新しく購入したコンパクトデジカメ(リコーCX4)の試し撮りも兼ねて開成町あじさいの街を訪れた。リコーのカメラといえば国内シェア最下位であまり一般的ではないが、それゆえマニアックな操作性と面白い絵作りで定評がある。特にこのCXシリーズは一眼レフカメラのサブ機(こっちがメインかも)として使用することができ人気の機種である。(この絵はソフトフォーカスで撮りました、ピントがずれているのではない)

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開成町は、足柄上郡(中井町、大井町、松田町、山北町、開成町)、足柄下郡(箱根町、真鶴町、湯河原町)に位置しており小田急線及びJR御殿場線で行くことができる。ちなみに南足柄市はあるが、足柄市は日本に存在しない、足利市はある。ここ開成町一帯は酒匂川の豊かな水源により広大な田園地帯を見ることができる。梅雨の季節のこのしっとりとした風景は格別だ。(下の絵はマゼンダを強くして湿っぽさを出したつもり)

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この地域は歴史的には、松田氏、大森氏の支配から戦国期からは北条氏の支配する地域となりその後幕府の天領となり、明治になってからは旧東海道線が松田経由で開通し交通の要所となっていたことで知られている。現在でも旧東海道線は御殿場線として裾野市、沼津市方面への重要な交通機関だ

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あじさい見物会場は、飲食場も充実しておりこのレストランの足柄牛ステーキは美味しかった。足柄牛など聞いたこともないが(失礼)、実はこの近辺にはアサヒビールのビール工場があり、その生ビールとのセットで飲食するとほんとに美味い。次回はビール工場訪問予約もしているのでその記事もご期待ください。

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このCXカメラの最大の特徴はマクロ撮影が凄いことだ。レンズは28~300ミリの高倍率レンズをつけているが広角1センチまで寄れ、望遠でも約20センチまで寄れる、一眼レフでは専用のレンズを装着しなければとても標準レンズではカバーできない。撮影素子はCMOSで1000万画素に抑えているがコンデジではこのくらいがいいところだと思う。上の絵は数ミリの大きさの芽をマクロ撮影したものだが、これだけの描写ができるのだからメイン機としていつも鞄の中に入れておくことにした。
2011.05.28 19:39|未分類
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秀吉の一夜城といえば、美濃墨俣城が有名ですがここ小田原「石垣山」の一夜上も有名である。秀吉が小田原北条氏を水陸15万の大群を率いて包囲し、その本陣として総石垣の城を築いたことから「石垣山」と呼ばれるようになりました。この城が、石垣山一夜城または太閤一夜城と呼ばれるのは、秀吉が築城にあたり、山頂の林の中に塀や櫓の骨組みを造り、白紙を張って白壁のように見せかけ、一夜のうちに周囲の樹木を伐採し、それを見た小田原城中の将兵が驚き志気を失ったためと言われています。しかし、実際にはのべ4万人が動員され、天正18年4月から6月まで約80日間が費やされました。秀吉は、この城に淀君ら側室や千利休、能役者を呼び茶会を開いたり、天皇の勅使を迎えたりしていたそうです。


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現在では、公園として一般公開されています。

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度重なる震災にも耐えて今でも石垣跡をみることができます。小田原城址公園からは3キロほどの距離にあるので歩いて登るには少しばかし大変ですが、ハイキングコースにもなっているので本丸からの眺めは最高だそうですが、今回は頂上まではちょっとたどりつけませんでした

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ちょっと季節外れになりましたが、先日伊勢原市渋川の芝桜を見物してきた時の写真をアップします。

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小川の土手沿いに芝桜が綺麗に咲いていますが、なんとも田舎情緒あふれる景色でした。

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プロフィール

柳原謙一

Author:柳原謙一
柳原社会保険労務士事務所 代表
賃金・人事コンサルタンツ 
所在地 横浜市西区中央1-37-17

趣味 旅行 写真 音楽..

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